ラクスルアナンダ

楽して自由になりたいライフハックと仕事ハック

『失敗の科学』から読む組織開発と人材育成

最近読んだ本『失敗の科学』で感じたことなど。

本書では、医療が失敗に学んでいないことと、航空業界が失敗に学び、交通事故などよりもはるかに安全な環境を実現していることから、失敗から何をどのように学べばいいかについて述べています。

おそらくネットで検索すると多くの要約にヒットするでしょうから、ここでは私が感じたことなどを中心に、本書を紹介したいと思います。このため、要約されているポイントがかなり偏ってますのでご注意ください。

 

■概要

医療事故が減らない原因として、医療関係者が「失敗は忌むべきもの」として秘匿する傾向にある点が挙げられる。また内部においても失敗を指摘することを忌避する傾向にある。失敗とその改善方法広く公開して取り入れてきた航空業界とくらべて医療事故は減らないのである。

また一個人としても失敗を認めることは、一貫性の原理からも難しい。しかし、失敗を認め、それを個人の「無能」によるものではなく、「仕組み」の課題として改善をしていかない限り、成長は望めない。

 

失敗から学ぶ方法は

  • 失敗に至る経緯を詳細に公開し、何が原因でどのように改善するかを広く議論する
  • 成功したのか失敗したのかの基準を定義し、トライするごとにフィードバックをする
  • 選択的進化:思いつく限りの方法で試してみて、最も良かったものを基準にさらに進化的トライアルをする
  • 小さく始める。フィードバックができる「最低限実装したもの(MVP)」を見極める
  • ランダム化比較試験(RCT)で、措置した場合と措置しなかった場合を比較する
  • マージナル・ゲイン(小さな改善)を積み重ねる
  • 事前検死:プロジェクト開始前に「将来プロジェクトが失敗したとしたら何が原因で失敗したのか」を考える

ことである。そしてもっとも重要なことは、「ミス」に目を奪われないことだ。ミスは人が起こすものであり、人に原因を求めると学ぶことはできない。ミスを誘発したシステムに着目することだ。

 

■組織開発と『失敗の科学』

本書では、医療現場での事例が何度か出てきます。たとえば、執刀医が何らかのトラブルに見舞われたときに看護師や麻酔技師が執刀医の処置方法に対して意見を言いづらいという場面が描かれています。またたとえ言ったとしても、執刀医が聞き入れなければ状況は改善できません。

また病院などにおいて、「ミス」は「問題点」をきちんと報告するように求めたものの、看護師から医師のミスを病院という組織に対して報告することは、その看護師にとっては、後日不利益を被る危険性ばかりでなく、専門性の差から「間違っているかもしれない」という危惧も感じるだろうと述べています。結果、組織内に関しての問題の指摘は非常に難しいものとなっています。

 

本書では手術中に麻酔による呼吸困難に陥って死亡する女性の事例があります。別の手段(気管切開)を取っていれば救えたかもしれない。看護師はその手段に気がついて手術道具を用意したにも関わらず、医師はそれを行いませんでした。

そして担当医は女性の夫に「こういうことはときどき起こるんです。原因はわかりません。偶発的な事故でした」と述べます(一部略)。気道切開については遺族には知らされなかったと述べられています。

 

私は両親ともに病院内で亡くしました。

もちろん、現代の医学・医療技術に手が届かない病気がある事は知っています。医師や看護師が患者を助けるべく最大限の努力をしていることも理解しています。しかし、これにはデジャヴュを感じてしまいました。

 

一方で知人(医者)話によると、「給料のかなりの部分を医療事故発生時の訴訟費用として積み立てなければならない」のだそうです。看護師にはそうしたお金は必要ないそうですが、医師は常に医療事故訴訟と無縁ではいられないのです。

 

筆者は本書の中でそうした訴訟積立金の一部でも、再発防止のための活動に使えれば、医療事故は劇的に減らせると述べています。その事例として、中心静脈カテーテル挿入手順の「チェックリスト」を導入し、感染症発症率を11%から0%に下げたと述べています。この事例の詳細は『あなたはなぜチェックリストを使わないのか』にも詳しく述べられています。

 

 

◆組織開発

最近、「組織開発」という言葉がよく使われるようになりました。「組織開発」とは、会社などの組織で働く人と人との関係性を高め、組織を活性化させる取り組みのことです。

 

この「組織で働く人の関係性を高め、組織を活性化」することは、執刀医に対して看護師や麻酔技師が意見具申ができるようにするのが「組織開発」の目指すところだと考えます。組織開発の事例などを見ると、医療機関で組織開発を導入する事例も報告されています。また本書においても、医師が看護師などから意見を受け入れられやすくするような取り組みや医療ミスを誰でも気づいた人が報告できる環境を作っている病院もあると述べられています。

 

しかし、その取組方法は、本書の要約で紹介した失敗から学ぶ方法のいずれにも該当しません。

 

「組織開発」は非常に定性的で「科学」とは言い難いものです。

 

ここで言う「科学」とは、一定の環境や条件が揃えば、誰がやっても同じ結果が期待できる再現性を持っていることです。しかし、「組織」や「人材」といった途端に、それは再現性が非常に乏しい、科学とは言い難い活動になってしまいます。

 

たとえば、冒頭に述べた事例の医療現場で、麻酔によって気管閉塞が起こったときに、カテーテルではなく気道切開を進言するのは、医師と看護師・麻酔技師の関係性・信頼性で決まります。つまり、ベテラン麻酔技師 vs 新米医師 なら可能かもしれませんが、新人看護師 vs 外科部長では再現できないでしょう。また、もし意見を取り入れたとして、その結果が最悪のもの(患者の死亡)であったときに、外科部長は「私の責任です」と言うでしょうか。

 

「組織開発」は良い取り組みだと思います。どこの会社でも積極的に取り組んでほしい考え方であると思います。

 

しかし、本書で紹介されている「失敗から学ぶ方法」をどのように適用・具体化していくのかについては、まだまだ多くの弁証が必要ではないかと考えます。

 

つまり、「科学」に至る道筋を、組織における『失敗の科学』においてはもっと深く掘り下げてほしいところです。

 

■人材育成と『失敗の科学』

組織開発と人材育成は会社にとって成長への両輪となるものです。

個人的には、組織開発だけを大々的に取り上げるような風潮にはちょっと苦い思いがあります。そこで、「組織開発」について述べたついでに、「人材育成」についても触れておきたいと思います。

 

管理職、すなわち上司と呼ばれる立場になると、その重要な業務ミッションとして「人材育成」というテーマが与えられます。もちろんそれまでも「後輩の育成」のようなことはやってきているでしょうが、それが主テーマとして、毎日頭を悩ますことになります。

これに対して多くの管理職が手探り(行き当たりばったり?)でやっているのが現状でしょう。

 

本書に「暗闇のゴルフ練習」という例えがあります。

ゴルフを例に考えてみよう。練習場で的に向かって打つときは、一回一回集中し、的の中心に近づくように少しずつ角度やストロークを調整していく。スポーツの練習は、基本的にこうした試行錯誤の連続だ。

しかしまったく同じ練習を暗闇の中でやっていたとしたらどうだろう? 10年がんばろうと100年続けようと、上達することはない。ボールがどこへ飛んでいったかわからないままでは、改善のしようがないからだ。何度打ってもボールは暗闇の中へ消えていく。改善するためのデータがなければ、次はもう少し右に、今度はもう少し強くといった試行錯誤は不可能だ。

人材育成はこの「暗闇のゴルフ練習」と非常によく似ています。

つまり、結果が非常に分かりづらいのです。さらに人によって評価が異なる場合も少なくありません。

 

また、みんなが「あいつは成長した」と評価できたとしても、それが上司の人材育成の成果なのか、本人が勝手に育ったのか、また別の部署にいる隠れメンターのおかげなのか分からないです。

 

つまり、原因もあやふや、結果もあやふやな上に結果が出るまでにものすごく長い時間が必要なのです。

 

人材育成については多くの手法が提示され、多くの書籍が出版されています。逆に言えば、それだけ百家争鳴だということです。それは、それらが暗闇のゴルフ練習になっていて、ボールの打ち方だけを指南しているからに思えてなりませんでした。

 

人材育成については本書ではあまり触れられていません。
これは、本書のテーマである「失敗」ということ自体が人材育成においては、禁忌になっているからなのかもしれません。

 

どこの組織でも、「ウチは人材育成ができません」などとは口が裂けても言いませんし、たとえそのような事実があったとしても、個別事例・環境要因・個人の要因とされるのがオチでしょう。

 

しかし、どの組織においても人材育成ができる上司ばかりではないどころか、人材育成のできる(うまい)上司というのは、希少価値があるのではないでしょうか。

本書では、こうした問題に対しては直接的な回答は出していませんが、唯一あるのは、ツール・ド・フランスイングランドチームを優勝に導いたデイブ・ブレイルスフォードの事例です。

 

彼の成功法則はたったひとつ「小さな改善(マージナル・ゲイン)」。

 

より早く走るためには、選手専用のマットレスや枕を遠征に持っていくこと、選手の泊まる部屋をスタッフが掃除すること。こうしたひとつひとつは小さな積み重ねが大きな成果を出すのだと筆者は述べています。

 

これは製造業では割と当たり前にやられていることです。「カイゼン」とカタカナ書きでされ、英語でもそのまま通じることです。世界最高の生産性は、トイレ隅から隅まで毎日掃除すること、スパナを置く位置にスパナ型にテープを貼ることによって達成されています。

 

  【大きな問題を小さな課題に】

 

当たり前に言われることなのですが、これができない人には、上司は向かないかもしれません。

 

■終わりに

他にも色々気になったことがありましたが、組織学習・人材育成という側面からみた『失敗の科学』について、2点ほど意見を加えてみました。

 

個人の成長につながる考え方も多く述べられていますので、「成長」というキーワードで見たときに、本書は良書であると考えて、読み返したい本の1冊に加えることができると思います。管理職、または管理職直前の人が考えながら読むのであれば、管理者・上長として、あなたの成長を促してくれると思います。